常之新の上司の孫主任は商細蕊のファンで、近々北平へ来る予定があり、その宴で商細蕊に歌ってほしいと言う。常之新から相談を受けた程鳳台は、常之新の名を伏せて商細蕊に何度も出演を頼むが、多忙を理由に断られ続ける。
ある日商細蕊が楽屋で新しい化粧を試している時に、程鳳台が贈り物を持って再度依頼に来るが、商細蕊はどうしても受け入れない。
そこへ周香蕓と楊宝梨が入ってきた。(楊宝梨は小周子と一緒に水雲楼に入って来た役者見習い)。二人とも顔に痣を作り、楊宝梨は怒っていて、商細蕊を見ると言った。「班主、ぜんぶ小周子のせいです!この顔じゃ夜の芝居に出られませんよ」
聞くと、昼の芝居の後、安貝勒に誘われて酒を飲みに行ったが、周香蕓は安貝勒の酒の相手を嫌がり、顔をそむけて隠れたため、安貝勒が怒って彼を殴り、楊宝梨も巻き添えを食ったのだと言う。
酒席に出ずにすむ美しい役者などいない。たとえ商細蕊でも、今でも芝居をしに出て高官や貴人に会えば酌をするし、厚意に応え、敬意を表すために酒を飲む。商細蕊はまじめに取り合わず、化粧を落としながら周香蕓を見た。「なんで飲まないんだ」
周香蕓は真っ赤になり、どうしようもなく恥ずかしそうに、ずっとぐずぐずしている。商細蕊が叱ると、彼は低い声でやっと答えた。「口を使うように言われて…」
商細蕊はこれを聞いてすぐに理解した。程鳳台もすぐに理解した。この遊びは新鮮とは言えないもので、彼ら二人は慣れている。しかし周香蕓のような恥ずかしがり屋の子供には、あまりにも刺激が強く屈辱的だった。
商細蕊は憤然として大声で言った。「何を怖がってる!口を使えと言われたら口を使え。口に酒を含んで、彼の口の中に吐き出すんだ!」みんながこの叫びを聞いて、様々な表情を浮かべた。周香蕓は恥ずかしさに泣き出した。
商細蕊はタオルを肩にかけて顔を洗いに行った。顔に石けんをつけると、突然十九の方を向いて言った。「安貝勒はますます卑しくなってきたな。遊びたいなら妓楼へ行けばいいのに、水雲楼に来て騒いで、人を殴って!なじみを全然大事にしない」
十九は笑って言った。「安貝勒の色狂いを責められないわよ。周香蕓の玉堂春を自分そっくりに作ったのは誰?」そして程鳳台をちらっと見た。
楊宝梨は言った。「班主、小周子によく言ってやってくださいよ。来週安王府で堂会があるんです。また彼を怒らせたら、また一緒に割を食うんです。彼と芝居をやる気になれませんよ」
商細蕊はきれいな水に櫛を浸けて髪を梳き、背中を向けて長衣を着るとイライラと言った。「安貝勒と遊びたいなら遊べ。遊びたくないなら、殴って逃げろ。私はかまわない」安貝勒は彼の前では犬のように卑しく、彼に対してどう振舞おうと大したことではなかった。しかし二人の小さな役者たちには牙を剥く勇気などない。生きたままいじめられるしかなかった。
十九は異議を唱えた。「あんたたち、班主の言うことを聞いちゃだめよ。班主はでたらめなことを言うのが好きなんだから。私が思うに、もし安貝勒が本当に小周子を気に入ってるなら、もう彼について行くしかないわね。もったいぶってじらせるもんじゃないわ。あとになってかえって苦労するだけよ」彼女は微笑みを浮かべて周香蕓の顔をしげしげと見た。「こんなに可愛くなっちゃって。最初の1回は隠れられるかも知れないけど、15回は逃げおおせないわよ。いずれにせよ、時間の問題ね。あきらめなさい」
この言葉に周香蕓は震え上がって後退りし、かすれた声で絶望の叫びをあげた。「班主!」彼は臆病で、知らない男が近づくたびに怖がった。商細蕊は鈍くて肝が太く、周香蕓の恐怖がどうしても理解できない。安貝勒は気前がよく見た目も悪くない。彼の「贔屓」にされることの何がそんなに怖いのか。周香蕓の恐れに満ちた顔を見ながら、この子供は柔らかすぎると感じていた。自分が彼の年には……いや、もっと若い頃、すでに何もかも経験し、どんなことにも怯えたりしなかった。すでに商大老板だったのだ。
程鳳台はもううんざりだった。この水雲楼は良家の娘を無理矢理娼婦にする、やり手婆の巣のようだ。なぜ子供に芸も身も売らせなくてはならないのか。
程鳳台は急に思いついて、太腿を叩いて明るく笑った。「同じ歌の堂会なら、いっそ班主の代わりに私と来ないか?安貝勒には私が話すから心配しなくていい。どうだ?」
周香蕓には願ってもないことで、商細蕊を見て答えを待った。商細蕊は少しぽかんとして、呆然と「ああ、好きにしろ。どうでもいい。遅れそうだ」と言うと出て行った。程鳳台はコートを掴んで追いかけながら叫んだ。「車で送るよ!爪!マニキュアがまだついてる!」
商細蕊はすぐ指を口に入れてマニキュアを齧った。
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