2023年4月28日金曜日

このブログについて

 このブログは、ドラマ「君、花海棠の紅にあらず」の原作「鬓边不是海棠红」を辞書と検索と機械翻訳、英語版その他を駆使して読み(中国語は勉強中)、面白かったところなどをつまんで、仲間内でシェアしようとTwitter用にまとめたものです。原作にどんなことが書かれているか、ちょっと(日本語で)のぞいてみたいという方はご利用ください。読み間違いも多いと思いますが、お許しください。

60章ぐらいから始めたので、それ以降のみになります。

投稿の順序がバラバラなので、順番に読みたいかたは、左の目次から章を選んでください。

終盤ほとんど最後まで書いていますので、原作の結末をここで知りたくないかたは、最終章(131章)の終わりのほうはとばしてください。


参考

鬓边不是海棠红(中国語版)

https://www.zhenhunxiaoshuo.com/binbianbushihaitanghong/ (多少抜けがあるようです)

https://www.hetushu.com/book/4705/3516592.html


Winter Begonia(英語版)

https://www.wattpad.com/story/224370718-winter-begonia-bl (1〜73章)

https://www.wattpad.com/story/250197408-winter-begonia (74〜85章)

86章以降の英語版も存在するようですが、not foundになってしまい、見られませんでした。



104章

 二人の厚顔無恥な男たちは、いつものように昼間口喧嘩をしたが、夜には十分食べて飲んで帰って来た。酒を飲んだので、二人は居間のソファに座って、酔い醒ましのお茶を一杯飲んだ。


程鳳台はいつも通り鳳乙と遊ぼうと抱き上げて見ると、まだ頭の大きなコブが消えていない。程鳳台は心が痛み、手のひらを当ててそっと押さえた。そして片手で子どもを抱き、片手で商細蕊の肩を抱き寄せて、この上なく楽しそうだった。


商細蕊はいつものように警告した。「今後私に怒鳴ったら殺してやる」。程鳳台はいつものように言い返した。「君がちゃんとしてれば、私がどうでもいいことで怒鳴ったりするか?」商細蕊はその場で袖をまくり、「どうせ私には人の心がない。このガキをぶち殺してやる」。程鳳台は子どもを彼の目の前に差し出した。「やれよ!見ててやる」


商細蕊は手を上げるふりをし、程鳳台はすぐに子どもを抱きしめて、いたずらっぽく笑って顔を差し出した。「やっぱり父親のほうを殴ってやる」商細蕊は上げた手を少し止めると、程鳳台の口をそっと叩いた。程鳳台は身を乗り出して、彼の唇にキスをした。


この日は本当に気分のいい日で、商細蕊はベッドの中で考えた。二十年の幸せを全部合わせても、この数ヶ月の喜びには及ばない。有名になって、愛する人がいて、たくさんのお金が使え、好きなように外食する。この人生に他の願いはなかった。あとは鳳乙が早く大人になって嫁に行って消え失せて、程鳳台の愛を占領しなくなればいい。それと、程鳳台が親族を徹底的に切って、邪魔されなくなるといい。たとえばこの夜、明け方まで寝ていると急に電話が鳴り、程美心が難癖をつけてきた。程鳳台は電話を聞いて、急いで顔を洗って服を着ると、ベッドの端に座って、口を商細蕊の耳にくっつけて言った。「商老板、姉さんが私に来て欲しいんだって。かなり急いでる」商細蕊は寝ぼけていて目も開かない。


彼は今さっき夢を見ていた。芝居で歌を歌っていて、しばらく歌っても喝采がない。こっそり客席を見ると、みんな商細蕊の頭に目が釘付けになっている。なんと雪之丞がくれた青い蝶が生き返って、彼の頭の上から、羽を広げて軽やかに灯りに向かって飛んでいく。彼は猿が桃を取ろうとするように、舞台の上で跳び上がったが、蝶に手が届かない。そこで目が醒めた。


商細蕊の手には蝶を捕まえる勢いが残っていて、程鳳台を撫で、五本の指を揃えて彼のシャツの襟の中に挿し入れた。程鳳台は彼の手を取って、自分の手の中に握った。程鳳台の手は湿って冷たかった。


「行ってくるよ」と程鳳台は言った。商細蕊は鼻を鳴らした。電話での程美心の話はあまりよいものではなかった。程鳳台は不安になればなるほど、目の前の光景に後ろ髪をひかれる思いがした。商細蕊は薄暗い灯の中で静かに眠っていて、とてもおとなしい。程鳳台は彼の頭を撫でて、出て行った。


商細蕊は程鳳台がドアにぶつかるのを聞いた。それからしばらくして、車が動き出す音がして、ふたたび静寂が戻った。商細蕊は薄目を開けて寝返りを打ち、心の中で美心を憎んだ。彼はもう眠れなかったが、まだ蝶を捕まえていなかった。


この夜、北平城全体が、美しい夢を全部見ることができなかった。空が明るくなる頃、西南の角で突然砲火が上がり、戦場よりも激しい爆発が起きた。商細蕊は寝返りを打って起き上がり、警戒して窓の外を見た。鳳乙は大泣きし、乳母は鳳乙を抱きしめ、そして趙さんも小来も、男女の別も服の乱れも顧みず、みんな彼の寝室に駆け込んで、命令を待っているかのように彼をじっと見ていた。


商細蕊は窓の外をしばらく見ていて、平陽や張大帅、曹司令官のことを思い出した。彼はこれを見たことがあった。大砲が鳴って、どんなに厚い城壁にさえ大きな穴があき、人は灰になる。


商細蕊はゆっくりと振り向いて、呆然として言った。「戦争だ」




2023年4月27日木曜日

71章

 商細蕊の歌の師の復帰舞台に招かれた程鳳台は、だいぶ遅れて慌ててやって来た。商細蕊はボックス席で钮白文と喋っていて怒っている様子はなく、師父の出番もまだだったので、程鳳台は安心した。


钮白文が行ってしまうと、程鳳台は商細蕊の隣の席に移って、テーブルの下でこっそり商細蕊の太腿に手を乗せた。商細蕊は脚を揺すったが、程鳳台の手は振り落とされるどころか、上へ上へと上がって来た。商細蕊はため息をついて、「今日はずいぶん遅かったね。どこに行ってたの?」と聞いた。


程鳳台はこれを予想して、準備していた。「商老板のためにゴシップを見つけて来たんだ。あることが范漣に起こった。聞きたいか?」


商細蕊は舞台を見るのを忘れ、興奮で顔を輝かせて、禍いを喜ぶように腰を少し捻って言った。「范漣がどうしたって?言って!」


程鳳台は声を落として言った。「范漣は父親になるんだ」


商細蕊はしばらく愕然として、尋ねた。「でも彼は結婚してないよね。私生児ってこと?母親は誰?」


程鳳台は言った。「こっそり教えてやる。東公民巷の曽小姐だ。君が髪を引っ張ったあの人だよ」


商細蕊は自分の無礼を恥ずかしいとも思わずに言った。「あれはだめだ。なんであんな女が」


程鳳台は驚き、微笑んで言った。「商老板が身分で人を選ぶとは思わなかった」


商細蕊は言った。「あれはよくない。男の前で乳を半分出しているような女はだめだ。小来は身分の低い家の出身だが、小来はいい。良妻賢母だ」


彼の女性に対する態度は未だに古く封建的で、セクシーで奔放な女性を見慣れていない。いつも程鳳台が読んでいる映画雑誌に、胸の開いたパジャマを着たハリウッド女優の写真が載っていると、恥ずかしそうに程鳳台を「ちゃんと学んでいない」と叱り、その「汚いもの」を放り出す。彼の考えでは、妓女でさえこんな衣装を着てはいけない。こんな衣装を着る女は妓女よりも下品だ。だから、彼の曽愛玉に対する印象は、少しもいいところがなかった。


「そういえば一昨年、何(フー)家の坊ちゃんにこんなことがあった。同じ家の少女が息子を産んで、それを隠さなかったものだから、みんなに知れ渡ったんだ。その後、赤ん坊は残って少女は追い出されたんだけど、良家のお嬢さんたちは、もう誰も嫁に来ようとしなかったんだって」商細蕊は楽しそうに言った。「これで范漣も終わりだな」


自分は結婚する気も子供を作る気もないので、他人の人生の一大事が散々なことになって春が過ぎ去り、自分と同じ独り者でいるのを見るのが大好きだった。


程鳳台は商細蕊を理解しているので、自信なさげに低い声で言った。「商老板も分っているだろうけど、子供ができたことは范漣の将来の結婚に大きな影響があるんだ。でも范漣の性格で、女は取っ替え引っ替えだが子供は大事でね。これもひとつの命、血を分けた家族だからな。そうだろう?」


商細蕊は子供をどうするかなどまったく興味がなく、適当に頷いた。


程鳳台はゆっくりと彼の脚の付け根を叩いて言った。「だから、范漣はこの子供をうちで育てて欲しいそうだ。我が家の四番目の子供として」


商細蕊はこの話を聞いて、驚いて色を失った。「は?」と声を上げ、それから大声で「何だって!?」と叫んだ。この声は舞台の銅鑼や太鼓の音をかき消し、座席のみんなが振り向いて声の主を探した。程鳳台の心も恐れ慄いた。これを聞いたら商細蕊の顔が暗雲に覆われるだろうとは思っていたが、こんな大きな雷がついて来るとは思っていなかった。


商細蕊がこれを喜べるはずがない。彼は二奶奶と三人の坊ちゃんと二人の妹、程鳳台の関心と時間を占めている人々が、一夜のうちにまとめて全部消えてくれるのを待ちわびていた。多分この中に范漣も含まれる。彼にはこの世に程鳳台しかいなかった。芝居を除けば程鳳台だけだった。他の親戚や友人は、人というよりも、いい香りのする芋と腐った芋だった。


しかし程鳳台は違う。たくさんの親戚や友人のすべてが人で、必要とされれば必ず応え、愛情を注ぐ。このようにみんなが少しずつ取っていって、商細蕊には少ししか残らない。程鳳台は商細蕊の「すべて」なのに、商細蕊は程鳳台にとって「そのうちの一人」でしかない。不公平だ!


商細蕊は思った。二奶奶と坊ちゃんと妹たちはしょうがない。彼らが知り合う前にすでにいて、程鳳台の一部のようなものだ。それが今、見知らぬものが天から降ってきて、ひとつ追加される。これはどうなのか。これから子供が熱を出したりお腹を壊したり、こどもの日だ保護者会だ、程鳳台はきっと自分を捨てて子供の面倒を見に行ってしまう!子供と一緒にいるのが1年に78日だとしても、10年経てば半年か一年になる。どうして一人の野良子のために、程鳳台を半年も一年も失わなければならないのか。こんな損は受け入れられない!


商細蕊は眉間に皺を寄せ、全身を硬くして言った。「だめだ!許さない」


程鳳台は彼の太腿を撫でながら微笑んで言った。「なぜだめなんだ?二奶奶に任せておけばついでに育ててくれるよ」


商細蕊は自分の心の中の小さな帳簿のことを説明できず、険しい顔つきで拒否した。頑なな態度に程鳳台の心にも火がつき、「ただ報告してるだけだ。興奮するな。君に関係ないだろう。君が育てるわけじゃないのに」


これが商細蕊を目覚めさせ、ある計画を思いついた。「分かった。私に子どもを育てさせて。そうしたら許す」


程鳳台は面白がって言った。「君が許さなかったらどうだっていうんだ。君は私の妻か?」


商細蕊は頑固に言い張った。「私に育てさせてくれないなら許さない。私が許さなかったらどうなるか、やってみろ」


程鳳台は商細蕊をまじまじと見て言った。「子どもを手に入れて何をするんだ?」


商細蕊は言った。「あなたがすることは全部する。父と呼ばせる。子供の日を祝う!」


程鳳台はしばらく彼を見つめて、吹き出した。「君はまだ自分で子供の日を祝ってるだろう」


そして黙ってお茶を飲むと言った。

「わかった、そう言うなら、私が引き取るのはやめよう。でも、子どもの伯母が引き取ると言ったら、止めることはできない」


この言葉は、商細蕊を阻んだ。商細蕊は程家での二奶奶の地位を大体知っていた。程鳳台は彼と口喧嘩したり、腹を立てたり人を騙したりするが、家に帰って二奶奶に会うと、彼は恭しく、礼儀正しく、睨む勇気さえない。商細蕊の心の中では、二奶奶は程鳳台の母親のようなもので、程家の主だ。二奶奶を盾にされたら、そこに斬り込むことはできない。


彼は最後にやっとひとつ思いついて言った。

「子どもは二奶奶だけのものだ。あなたのものじゃないから、あなたは子どもと遊ぶことはできない!」


程鳳台は深く頷いて言った。

「こどもの日は君と祝うよ」




2023年4月25日火曜日

69章

 同月坊で遊んでいた時には気づかなかったが、興奮が去ると、すぐ体に影響が出た。商細蕊は尻が痛くて日間芝居を休んだ。小来が老鶏の疙瘩湯を作ってくれた。


程鳳台は商細蕊の家に毎日来て世話を焼いた。商細蕊は疙瘩湯を食べながら、程鳳台が行ったり来たりするのを見て思った。なぜ自分は芝居を休んで尻の養生をしなくてはならないのか。特にやらなくてはならないこともなかったので、彼は一日中休んでいた。


商細蕊の視線は程鳳台の腰のあたりをぐるぐる回った。すいとんを一口食べて、商細蕊の視線は程鳳台の尻のあたりをぐるぐる回った。程鳳台が服を脱いだところを想像すると、商細蕊の心は熱くなった。


商細蕊はベッドで楽しければ何もこだわらない。しかし彼も男だ。男なら、優位に立ちたいと思うことは避けられない。特に愛する人に対しては。


商細蕊は心の中で、これを一度リハーサルしてみた。考えれば考えるほど、実現可能で、面白そうで、思わずこっそりうなずいた。程鳳台が彼の下でどれほどうっとりするか考えて、彼は楽しそうに笑った。


程鳳台は自分の危機にまるで気づかず、屈んで彼の頭に触った。「そんなに楽しい?食べながら私を見て笑って」


商細蕊は顔を上げて馬鹿みたいな笑顔を見せ、目がなくなるほど笑った。




2023年4月22日土曜日

72章-2

 かつての歌の師だった錦師父の舞台を見て、その衰えを目の当たりにした商細蕊は、深く考え込んだ。彼はすでに、中年になったら、どんなに遅くとも45歳になったら、若い女役をやるのはやめると決めていた。もし老生か老旦(男女の老け役)ができるなら、それが一番いい。


商細蕊は錦師父よりも恥を知っており、断じて面子を失うわけにはいかないと考えていた。更に言えば、4050になるまで生きたら、その時は死のうと考えていた。天が死なせてくれなければ、自分でその道を見つけなければならない。この世で日に日に衰えてゆき、見る影もない姿を晒したくない。疲れた老人と過去の栄光を対比させることは、過去を破壊するようなものだ。最盛期に突然終わりの時を迎えることこそ、栄光の中に生きた者にとって最高の結末だ。




72章-1

 琼华という有名な役者が、引退してある男の男妾となり不自由なく暮らしていたが、最近その男が政治的な理由で軟禁され、楚琼华も失踪した。楚琼华は気性が激しく、すぐ人を怒らせていたので、男の家族が機に乗じて殺害したのではないかとみんなが言った。それを聞いた程鳳台は商細蕊に「楚老板のことを考えると、私について来るのは怖くないか」と聞いた。


「怖くないよ」と商細蕊は言った。「だってあなたが私についてくるんだから」


程鳳台は驚いた。商細蕊の方が子どもっぽく、程鳳台に頼っているのは明らかだった。「なぜ、私が君についていくんだ?」


商細蕊は真面目に答えた。「私のほうが腕があるから。腕のない人は腕のある人についていく。腕のある人はない人を守る。だから、あなたはついてくる方だ」


程鳳台はさらに驚いた。「君の方が私より上?」


「そうだよ。あなたの商売は范家と曹司令官頼りだろ。それのどこが技術? 私は違う。私は歌えるから、どこにいようと商売ができる。通りに出て地面に円を描いて、喉を開けばお金になるんだ」


商細蕊はズボンのポケットを叩いて言った。「私はお金持ち」




68章-2

 彼らは急いで服を脱いだ。お互いの息づかいでほとんど泣きそうだった。会えない時は、そのことを考えるほどイライラし、憎しみで歯軋りした。会えば今度は抱擁やキスなどでは全く足りず、愛で歯軋りした。相手の腹を割き、骨を砕いて髄をすすり、すべてを飲み込んで胃に収めたかった。


程鳳台が彼の中に入って来ると、商細蕊はわだかまりをすべて捨て去って程鳳台の背中に必死にしがみつき、圧し殺していた叫び声を上げた。この時、何日も不安でいてもたってもいられなかった商細蕊の心が腹の中に戻り、しっかりと収まった。


事が終わった時には空は明るくなってきていた。程鳳台は商細蕊の胸から降り、二人は肩を並べてベッドの柵にもたれて、長い間喘いでいた。程鳳台は商細蕊の汗ばんだ顔に触れた。商細蕊は目を上げて、虎視眈々と彼を見ていた。頬は紅く、眼はギラギラとして、小さな獣のように、いつでも程鳳台に跳びかかって生きたまま喰いちぎりそうだった。


程鳳台は喘ぎながら商細蕊の額にキスをした。熱い少年の匂いがした。「これのどこが玉堂春や李香君なんだ?天地がひっくり返るほど殴ったり蹴ったり、君と寝るのはケンカみたいだ。死ぬほど疲れたよ」


商細蕊は一言も言わず、相変わらず彼をじっと見ていた。程鳳台は彼の顔をやさしく叩いて、「君の接待はよくないな。女将に言いつけないと」


商細蕊はこれを聞くと程鳳台に飛びかかり、手足を強く押さえつけた。さっきの情事など、この数日の彼の寂しさや不安、悲しみを解放するには十分ではなかった。彼らが一緒にいてケンカや言い争いをしたとしても、それは彼らが一緒にいるということだ。もし程鳳台が怒って彼を拳で血が出るほど殴ったとしても、こんなに悲しくはなかっただろう。しかし程鳳台が背を向け、たった1日でも彼を無視したら、彼の心は砕け、胸の中を冷たい風が吹いて、よるべなく、生きていても虚しいと感じただろう。


商細蕊は悲しげな声を上げ、悔しさに鼻先を赤くして、歯を食いしばった。目には憎しみがあふれていた。程鳳台は逃れようとしたが、商細蕊が鉄の枷のように体を押さえつけていて動けないのに気づき、ひどい目にあわされるのではないかとパニックになった。無理矢理微笑んで、「商老板は力が強いな」と言った。


商細蕊は歯ぎしりして言った。「何日も、何してたんだ!」


程鳳台は正直に言った。「大事な仕事をしてたんだ。商売だよ。暇な日なんかどこにある」


商細蕊は言った。「大事な仕事!女郎屋で!」


程鳳台は言った。「商老板は見識があるだろう。男が商談をする時ほかにどこへ行くんだ」


「殴り殺してやる!」商細蕊は言った。


「やれよ」程鳳台は目を閉じた。


商細蕊は拳を握り、軽く程鳳台の顔を殴った。商細蕊にしては最も軽い殴打だったが、程鳳台は舌を噛んで口の中が血だらけになった。「本当に殴ったな!」


商細蕊は程鳳台が痛がっているのを見て後悔したが、なんでもない風を装って言った。「これぐらい何だ!本当に命を奪ってやりたい」


商細蕊の手が緩んだのを見て、程鳳台は商細蕊の上に乗って言った。

「分かった。私の命をやろう」



2023年4月21日金曜日

68章-1

 程鳳台は彼がとても恋しかった。こうして会ってみると、商細蕊は以前よりも美しく愛らしいと感じられた。もはや彼の狂気じみた気質も気にならなかった。彼の心の中に怒りはもうなかった。残っているのは深い愛着となつかしさだけだった。彼は商細蕊の唇に温かくやさしいキスをした。

66章

 いつも、芝居の後、ファンが楽屋に来て商細蕊と話している間、程鳳台は側に座ってお茶を飲み、新聞を読み、タバコを吸って仕事のことを考えていた。程鳳台がそばにいれば、商細蕊の心は落ち着き、何を言う必要もなかった。しかし2日連続で姿を見せないとたちまち機嫌が悪くなった。


それで、程鳳台は週53時間楽屋に来て座っていた。商細蕊が化粧を落とし、ファンが夜食をご馳走すると言って、出かける準備ができると、程鳳台は新聞をコーヒーテーブルの下にしまって、家に帰って眠った。


ある日輸送中の程鳳台の荷が襲われ、雇人が2人殺された。程鳳台は現状の把握と後始末に忙殺された。


日ぶりに商細蕊の楽屋へ行き、疲れた顔で商細蕊を暗い路地に呼び出した。商細蕊が銀耳湯の入った碗を持っているのを見て「食べてもいいか?空腹で死にそうだ」と言った。


商細蕊はこの甘いスープが大好きだったが、二旦那のほうが更に好きだった。本当に空腹そうだったので、碗を程鳳台に渡した。程鳳台は何口かで全部食べてしまい、口を拭くと言った。「商老板、ちょっと大変なことになって、数日君と遊びに来られそうにない」


商細蕊はたちまち心が冷えて、不機嫌になり、甘いスープを譲ったことを後悔した。「大変なことって?」


癇癪を起こしそうだと感じて、程鳳台はわざと軽く笑って言った。「言ってもわからないだろう。仕事のことだから」


「言わなかったら、私がわからないってどうして分かるの?」


「絶対わからない。私だって分かってないんだからな。君は芝居をしててくれ。数日で私も仕事を終える」


「数日って何日?」


「長くはかからない」


「数字を言ってよ!」


45日、長くても78日だ。もしかしたら街を出るかもしれない」


「いったい何日なの!」


1週間あれば必ず終わる」


「それじゃ私の芝居は見られないんだ!」


商細蕊の声は最初から最後まで冷たかった。程鳳台は、これは商売よりも大変な問題だとうっすらと感じていた。

この問題は最初からそこにあり、今も育っていた。そのうち枝葉を伸ばし、蜘蛛の巣のように広がるだろう。


程鳳台は微笑を浮かべ、あらゆる手で商細蕊の機嫌を取り、そのふくれっ面をからかったが、商細蕊はその手を振り払った。


「なぜそんなに物分かりが悪いんだ!そこまでするか?仕事で数日来られないと言っているだろう」


「毎日私の芝居を覗きに来るぐらい、どれだけ時間がかかるって言うんだ。小周子との芝居を見にくると言ったくせに!仕事が大変だなんて嘘をついて!」


程鳳台は商細蕊を見つめ、その目の中に、鋭い、怒りに満ちた残酷な光を見た。事がいざ自身の身に降りかかってみると、一瞬にして多くのことが理解できた。平陽でのこと、蒋梦萍のこと、商細蕊の狂気の伝説。


程鳳台は商細蕊が突然狂ったとは思わなかった。今までずっと彼に対して従順すぎて、少しずつ慣れていき、少しずつ進んでいったのだ。心の中で結論に達し、程鳳台は背を向けて歩き出した。途中でまだ手に碗を持っていることに気づき、地面に投げた。暗い夜の中に澄んだ音が響き、碗はばらばらに割れた。


商細蕊は程鳳台が癇癪を起こす勇気を持っているとは思っていなかった。彼の背中を見つめて、殴り殺してやりたいと思った。




2023年4月20日木曜日

64章

 范漣の妹、范金泠(ジンリン)(ドラマには出てこない)は、蒋夢萍と仲良しで、商細蕊のことを嫌っている。商細蕊は范漣の誕生日パーティーで金泠に会い、そのとき金泠が、梦萍の母の形見の腕輪をしているのを見てショックを受ける。

なぜ梦萍が母の形見をあの少女に贈ったのか、納得できない商細蕊に、程鳳台は「彼女(梦萍)は慈愛にあふれているから、君といたときは君を甘やかした。今は金泠といて、金泠を甘やかしてるんだ」と話す。


自分にとって梦萍はかけがえのない存在なのに、自分は梦萍にとって、この少女と同じぐらいの価値しかないのだと知り、商細蕊の憎しみは募る。ついでに金泠も憎む。



63章

 范漣は、商細蕊の待つ部屋へ向かう程鳳台の腕をつかみ、じっと見つめた。范漣の顔に微笑はなかった。「さっき彼と少し話したんだ。義兄さんはどうだか知らないが、彼は本気だぜ」

その言葉の裏に多くの不安があるのを感じ、程鳳台はわけもなく恐ろしくなった。




62章

 侯玉魁の埋葬後、商細蕊は水雲楼を率いて、哀悼の意を表すために三日間芝居を休んだ。ここのところの疲れと悲しみを癒したかったこともある。商細蕊の家では侯玉魁の古いレコードが絶え間なく流れ、商細蕊は対襟の白い上下を着て、歌に合わせて庭で剣舞を舞った。


この季節、路地は柳絮が終わりかけ、エンジュは満開で、始終その白い小さな花の蕾がぽろぽろと人の上に落ちてきた。程鳳台は、北平では1年の半分は雪だとよく言っていた。柳絮とエンジュの花は北平の春の雪だ。


風が吹いて、花が霰のように庭中に降り注ぎ、商細蕊は全身その花の雨に浴した。若い細身の体が、すばやく、また優雅に動くさまは、風に洗われる一枚の白絹のようだった。


ちょうど門を開けて入って来た程鳳台は、この光景に思わず目を奪われた。門の枠にもたれ、腕を組んで、黙って商細蕊を見つめていた。




61章-2

 侯玉魁の葬儀の最中、商細蕊の胡琴奏者、黎伯が発作で倒れた。このことは商細蕊の心に大きな痛手を与え、侯玉魁の葬儀を取り仕切るだけでも大変なのに、毎日黎伯の様子を見に病院を訪ねた。実際は病院には小来がいて面倒をみているので、商細蕊の不器用な手伝いは必要なかったのだが。


程鳳台は商細蕊の送り迎えを申し出て、毎日侯家と病院を車で往復した。ほんの34日の間に商細蕊はみるみる痩せて、目には殺気が漂うようになった。水雲楼でリハーサルの順番をめぐって役者の間で騒ぎが起きた時は、ほとんど誰かを殴りそうな勢いだった。


病院に向かう車の中で、程鳳台は微笑んで言った。「商老板、私がアイデアを出そうか?」


商細蕊は彼の言葉を遮って大声で叫んだ。「余計なことを言うな!ちゃんと運転しろ。うっとうしい」


程鳳台は彼を蔑むように見た。彼は商細蕊に対して誠実だったが、たまにこんなふうに遮られると、怒りを手放すのは難しいと感じた。


二人は道中ずっと黙っていた。商細蕊は程鳳台に当たり散らした後いつも少し不安になり後悔するのだが、いつも程鳳台の前では特に、怒りを我慢することができなかった。もちろん、どんなに後悔しても、彼は自分から頭を下げることはできない。意地を張って、病院で車を降りると、ドアを力まかせに閉め、振り返らずに行こうとした。


程鳳台は彼を呼び止め、来るように指で合図した。


商細蕊は、彼が自分の機嫌を取ろうとしているのだと思い、冷たい顔をして近づいて行った。「何だ」


程鳳台は彼の顔を見て、怒らせるためにわざとゆっくり煙草に火をつけると、何口か吸って、目を細めて言った。「今日、君が養ってるヒマな役者たちで班を作って、順番に病院に行かせることにした。小来と交代しないと、小さな女の子が何日ももたないだろう。それから、毎日侯家に行って、黎伯の状態を君に報告させる。そうすれば、君も少しは労力の節約になるだろう」


商細蕊は、これはいいやり方だと思った。暇な役者たちがトラブルを起こすのを防ぐこともできる。なぜもっと早く思いつかなかったんだろう?


程鳳台は商細蕊を上から下まで不愉快そうに眺めて言った。「怒ってる時私にあんな言い方をするな。なぜ私をこんなふうに扱う?商老板は他の人にはやさしいし思いやりがあるだろう」


商細蕊はぼそぼそと何かを呟いた。程鳳台は彼がまた悪態をついているのだと思った。「何だって?はっきり言え!」


商細蕊は大声で言った。「あなたは他の人じゃないって言ったんだ!」


程鳳台は一瞬ぽかんとしたが、しばらくして意味が分かってくると、微笑むのを我慢して怒った顔のまま、手を振って商細蕊を追い払った。「行け!」




2023年4月18日火曜日

131章-7

 雪がひどくなってきたので、范漣と程美心は、程鳳台の列車が出発するのを待たずに家に帰ることにし、それぞれの車で、前後に連なって出発した。


二人が去った後も、程鳳台は汽車に乗り込まず、雪の中に立って何かを待っていた。何を待っているのか?それを自分に告げる勇気はなかった。あの指輪のせいか、それとも商細蕊の最後の力強い握手のせいか、程鳳台は浮かんでくる妄想を止めることができなかった。


范漣は自分で車を運転していた。雪がひどくなって、ワイパーがザワザワとフロントガラスを擦った。屋台の商人たちは、この思いがけない雪に、一斉に屋台を畳んで家に帰ってしまったため、空っぽで白い街が現れ、とても清浄な感じがした。


路面が滑りやすいと思い、ゆっくりと車を進めていると、正面からマントを着てフードを翻し雪の中を人が走って来るのが見えた。顔には芝居の化粧をしているのがぼんやりと分かった。芝居の化粧をしていたら、誰なのかはっきりとは分からない。しかし、ほかに誰がいるというのか。


范漣は彼を目で追い、彼が車とは反対の方向、鉄道の駅に向かって走り去って行くのを見た。范漣は顔に微笑みが浮かぶのを我慢できなかった。


その人影は、後ろの程美心の車の窓を擦って行った。程美心は気づかなかったが、彼女の護衛の李班長が気づいて叫んだ。「あ、商老板!」美心は急に振り向いた。「誰ですって?」李班長は笑って「今走って行ったのは商老板じゃないですか?」


程美心の車は急ブレーキを踏んだ。


雪はますます強くなり、汽車は汽笛を鳴らした。葛さんが伝言に来て「二旦那、もう乗ってください。二奶奶が待ってます」と言った。


程鳳台は懐中時計を開いて時間を見ると、イライラとまたすぐに閉じた。彼は言った。「あと少し待つ」


あと少し、程鳳台は思った。あと5分待とう。


懐中時計の長針がそっと動き、1分が過ぎた。


程美心はミンクのコートにしっかりとくるまって、衛兵に護られて車を降りた。ハイヒールの靴で踏み出すと、雪に銃痕のような穴があいた。彼女には、何年も待っていたことがあり、今回去る前に、それをする決心を固めたのだった。


汽笛が再び鳴り、プラットフォームの見送りの親戚や友人たちはきれいにいなくなった。乗務員が旗を振り、叫んだ。「発車3分前です!ホームのお客様はできるだけ早くお席におつきください!」葛さんは焦って足踏みしたが、それ以上急かさなかった。



2023年4月16日日曜日

61章-1

 「最初に会った時は女役らしく本当にかわいらしく振る舞ってたのに、今の姿を見ろ」


「今はどんな?」


「まるで猿だ。頭を掻いたり飛んだり跳ねたり、最初の頃とはまるで別人だ」



2023年4月15日土曜日

131章-8

 小来は楽屋で居眠りをして、夢を見た。鑼鼓巷の二本の梅の木が一斉に開花し、枝が交錯して伸びて、紅と白が混じり合って彩雲のようにあでやかだった。彼女は喜んで、商細蕊に見に来るよう叫んだ。もし誘引の針金を切ってやらなければ、こんなに元気に花をつけることはなかっただろう。


口を開こうとした時、突然の津波のような喝采に驚いて目が醒めた。


任五が訊いた。「班主は?」


小来は答えた。「舞台じゃないの?」


水雲楼のみんながカーテンコールで舞台に立つ中、中央だけが空いていた。彼らの主役、彼らの商老板の場所だ。商老板はいつまでたっても舞台に出て来ない。喝采が十分ではないと癇癪を起こしたのかもしれない。もっともっと、屋根を持ち上げるほど大きくならないと現れない。


観客は立ち上がって拍手をし、狂ったように商郎を呼んだ。しかし、ライトと喝采の中、その場所はずっと空いたままだった。


小来は幕の後ろに歩いて行き、その空いた場所を見た。両眼には涙が滲んでいたが、唇の端には微笑みが浮かび始めていた。

2023年4月14日金曜日

131章-6

 沅蘭や任六、みんなが程鳳台を取り囲んで話している。程鳳台はおしゃべりをしながら、任五の帳簿を見ていて、商細蕊と二人だけで話す機会はなかった。商細蕊も話す暇がなかった。元宝領の旗袍に馬面裙、頭には宝石のついた簪をいくつもつけて、彼は黙戯していた。


少し休んで程鳳台を見、少し休んで口の中で何やらつぶやいた。次第に、程鳳台を見る時間が多くなり、つぶやく時間は減った。もう少しすると、程鳳台を見たままつぶやくようになった。


任六は程鳳台に、商細蕊を見るよう目配せした。


程鳳台は言った。「商老板、私に何の呪いをかけているんだ?」


十九が口をはさんだ。「夫婦和合の呪文よね」


沅蘭が言った。「やめなさいよ、班主が赤くなってるじゃないの」


商細蕊は化粧をしていて、顔が赤くなったかどうかは分からない。赤くなったのかもしれない。商細蕊はつぶやくのをやめて程鳳台に向かって微笑み、程鳳台は商細蕊を見つめて微笑んだ。二人はしばらくお互いに馬鹿みたいに笑い合い、商細蕊は言った。「いいお茶が取ってあるよ。飲んで行って」


程鳳台は言った。「少ししか飲めないのが残念だ。すぐ出発だから」


話している間に、楽屋では上演の準備が始まり、舞台を片付け出した。みんな忙しく彼らの周りを歩き回っている。まるで色鮮やかな緞帳が動いているようで、二人の静けさが際立った。


程鳳台は突然手を伸ばして商細蕊の顔を触りたくなったが、商細蕊は化粧をしていて触ると落ちてしまう。それでかわりに手を握ることにした。この手は細長くて魅力的に見えるが、手の中に握ると、骨節が硬い。


程鳳台は何か別のものが手に当たるのに気づき、顔を近づけて見ると、それはずっと前に程鳳台が彼に贈った大きなダイヤモンドの指輪だった。


彼は指輪を指でなぞって言った。「商老板、元気で。私は行くよ」


商細蕊の大きな目は涼やかで、中には何の感情もなかった。程鳳台は商細蕊が舞台の前にはこのような魂の抜けた状態になることを知っていた。最後にもう一度彼の手を握って、放そうとした時、商細蕊は手に力をいれて、きつく握ってきた。


程鳳台の心は躍った。「商老板?」


商細蕊は無表情で彼を見ていた。握っていた手は、長い間たったあと放した。程鳳台の心はゆっくりと元の場所に戻り、帽子を被って去った。


劇場内では観客たちがひっそりとささやく声が聞こえた。商細蕊の耳が悪くなったために、観客たちは長年身につけてきた観劇の習慣を変えたのだった。程鳳台がボックス席に座ると、テーブルの上には商細蕊が特別に用意したよいお茶が置かれていて、まわりは優しい静けさに包まれていた。


幕が上がり、小鳳仙が舞台に現れた。小鳳仙は娼妓として暮らしているが、心の中には誠実さと強さを持っている。その誠実さと強さによって、蔡鍔に出会う。


商細蕊はゆっくりと窓辺に歩いて来ると、扇を動かしながら蔡鍔を見て歌う。


佳公子郁郁上楼台

眉上新愁一笑开

似松风新月入窗来


歌い終わってゆっくりと扇を下ろすと、芙蓉のような顔が現れた。蔡鍔は一目で恋に落ちる。


程鳳台は商細蕊を見ながら、目の前が曇ってきた。それは今やって来ようとしている離別の悲しみではなく、むしろ喜びのせいだった。舞台の上の商細蕊は本当に美しかった。花は泥の中に咲き、雲は天上に浮かぶ。それぞれに、妥当で適切な、安定した場所がある。


舞台上の小鳳仙と蔡鍔の芝居は真に迫り、程鳳台は夢中になって、芝居のほとんどを見てしまった。


葛さんが腰を曲げてそっと促した。「二旦那、行きましょう。汽車は待ってくれませんよ」


程鳳台はハッとして、頭を下げてため息をつくと、「ああ、行こう」と言って杖を取り、もう階下を振り返らなかった。小鳳仙と蔡鍔の別れの場面を見たくなかった。今日という日には辛すぎる。今、彼の耳は綿々と響く商細蕊の歌声で満たされ、その歌声が彼を送り出してくれる。最高の別れだ。




2023年4月7日金曜日

131章-5

 車はすぐ到着し、程鳳台は商細蕊の家の門を叩いた。商細蕊が対襟の白い上着を着て、梅の木を誘引するための針金をペンチで切っているのが見えた。


程鳳台からすれば二人は何ヶ月も会っていなかったので、商細蕊を見ながら腕を開いて、彼が九死に一生の抱擁をしに来るのを待った。しかし商細蕊は彼をぼんやりと見るばかりで、少しも暗黙の了解というものがない。


程鳳台はしかたなく杖に捕まって一歩一歩足を引きずって行き、彼の首に腕を回して胸と胸をくっつけた。「商老板、どうしたんだ。私に会ってもキスもしないのか?」


商細蕊は目を閉じて、頭をしばらく彼の肩に乗せた。それから体を離し、「いつも杖に寄りかかってると脚がよくならない。筋を伸ばさないと。痛みを恐れるな」と言うと、ペンチを置いて、杖を放り出し、程鳳台に付き添って歩く練習を始めた。


程鳳台はダンスのように彼の肩につかまり、商細蕊は彼の腰を支えた。30分も歩かないうちに程鳳台は冷や汗をかいて、「よし、あとはまたゆっくり練習するよ。中へ入って寝かせてくれ。もう立っていられない」


商細蕊は程鳳台に背を向けてしゃがみ、「来い、おぶってやる」と言った。


程鳳台は「脚は引きずるが折れたわけじゃない。必要ない」と嫌がった。


「つまらないことを言うな」と商細蕊は言った。


程鳳台はあたりを見回して小来を探したが、小来は廊下で薬を煎じていて、彼らを見てはいなかった。それで彼はやっと商細蕊の背中に上った。商細蕊は程鳳台が病んですっかり重みを失い、骨ばかりになってしまったと感じて悲しくなった。ベッドまで彼を背負って行ってそっと下ろした。


彼はまだ顔色が悪く、疲れて見え、横になるとすぐ目を閉じた。商細蕊は彼の寝顔を見ているうちに、意識のなかった時のことを思い出して強い恐怖が湧きあがってきた。耐えられず彼の懐に頭を突っ込み、胸に貼りついて心臓の音を聞いた。


程鳳台は彼の背中に手を回して言った。「今度こそ本当に行かなくちゃならない」


商細蕊は言った。「まだよくなってないのに!」


程鳳台は「よくなってなくても行く。坂田には用心しないと」と言った。命に関わることなので、商細蕊もだだをこねるわけにはいかず、黙るしかなかった。程鳳台は彼の背中を叩いて微笑んだ。


「ちゃんと会話ができてるな。耳はずっとよくなってるようだ。だが喉はまだあまりよくない。アヒルみたいだ。耳も喉もだめでこれからどうやって歌うつもりだ?」


商細蕊は言った。「歌えなくなったら、あなたのところへ遊びに行くよ」


程鳳台は目を見開いて声をあげた。「本当に?」


商細蕊はまた黙ってしまった。


程鳳台は再び目を閉じた。「脚が悪くなったから、私と遊んでも面白くないだろう。やっぱり芝居の方が面白いか」


程鳳台は今の体質で、目を閉じるとすぐうとうとした。商細蕊は眠れず、午後の間ずっと彼と一緒に横になっていた。この午後はほとんど無駄に過ごした。二人はぴったりと寄り添って横たわり、お互いの呼吸の音を聞いて、それでも十分に近いとは思えなかった。


夕方になって、程鳳台は杖をついて広間まで行くと、二枚の汽車の切符を取り出してテーブルの上に置いた。切符は北平発上海行だった。彼は指でテーブルを2回叩き、「商老板」と言った。説明はなく、ただ見るように示した。


商細蕊も切符を取り上げず、顔を近づけて見ると言った。「相談したみたいだな。ちょうど私の『小鳳仙』の日だ」


程鳳台はこれを聞いて呆然とし、帽子をかぶるとがっかりした声で言った。「本当に相談してたら、この日は選ばなかったのに」




2023年4月4日火曜日

131章-4

 程鳳台が目を醒ましたとき、二奶奶は商細蕊が喜びで再び狂うことを覚悟していた。その時が来たら、この二人はどうするのだろう。彼女に言えるのはこれだけだ。「どうぞお好きに」。程美心の言う通り、持って行かれたのだ。彼女は自分自身に聞いた。寡婦となって子どもたちを養う準備はできているのか。


しかし彼女には、復讐や愛に殉じるなどという心が湧いたことはなかった。この点だけでも、商細蕊は程家に応分を求めるにふさわしい。彼は程鳳台のために、死さえ恐れない。こんな心のままの狂人の眼中には、彼女などない。


ところが程鳳台が目醒めると、商細蕊は顔も見せずに、小さな召使の少女とともに去ってしまい、それ以来何の音沙汰もない。その理由について、二奶奶はなんとなく推測できた。


男なら、富と名声を愛するものだ。賑やかな世界を捨てて、大家族と一緒にわけのわからない異郷へついて来いと言われて喜ぶだろうか。人は往々にしてこのようなものだ。苦は共にできても楽は共にできない。自分の甘さは、他人の口にも甘いとは限らない。

2023年4月1日土曜日

131章-3

 程鳳台は病気の養生で外出せず、商細蕊は喉の養生と新しい芝居で忙しく、やはり外出しない。二人はしばらく静かに過ごしていた。程鳳台は誰もいないある午後、小間使いを追い払って部屋のドアをしっかり閉め、商細蕊に電話をかけた。「田さんはいますか。程鳳台です」


電話の向こう側では何の音もしない。長い時間たってから「二旦那?」と声がした。


程鳳台は眉をひそめた。「その声はどうした?」


「塩からいものを食べたんだ」と商細蕊は言った。


それからまた長い沈黙があった。


程鳳台は電話線が切れているのではないかと思って「商老板?」と叫んだ。


電話の向こうで「ああ、二旦那」と答えがあった。


彼の声がさっきより少しよかったので、程鳳台の眉間はゆるみ、ドア枠にもたれながら言った。


「聞いたかな。この前荷を運んだ時、死にかけたんだ。助かったが、脚はまだよくないし、あんまり動くと目眩がする。今は家族にしっかり見張られてるよ。何日かしてよくなったら君に会いに行く」この口ぶりは家族に隠れてこっそり長話をする恋する中学生のようだった。


商細蕊は言った。「いいね、そうしたらちょうど私の新しい芝居に間に合う」


程鳳台は言った。「君は歌うことしか知らないんだな。君の二旦那のケガの具合は聞かないのか」


商細蕊は大笑いして「二旦那は吉人天相、菩薩のご加護がある」と言った。


程鳳台も笑った。「口がうまいな」


二人はしばらくぼそぼそ言い合ってから電話を切った。電話を切ると、程鳳台の脚はこらえきれず、椅子に座ってぼんやりした。彼は今回九死に一生を得たが、この世界が現実ではないような感じが少ししていた。乱世では、命はあっという間になくなってしまう。他に何が捕まえられるだろうか。


今、彼は商細蕊さえ捕まえきれなくなっていると感じていた。死の淵から戻ってきたあと、商細蕊は彼に会いにも来ず、芝居のことを心配している。


それでも商細蕊ばかりを責めることもできない、と彼は思った。商細蕊は程家の門をくぐることはできないし、自分の怪我がどれほど重いかも知らないのだ。